気候と体調

この梅雨時期は胃腸が敏感なようで、先生から生まれもっての胃弱だといわれていても
ピンとこなかったんです。

だけど、今年の梅雨はやられましたね・・・

焼肉でえらい消化不良に陥り、陀羅尼助丸で助けてもらいましたよ。
あれは効きますね。即効、胃が楽になりました。

それにしても、漢方の先生が四季を通じての体調変化を見越して薬をチョイスしてくれるので
助かっています。
人間の体内は自然と同じく四季の変化とともに動き、成長し、老い、生命を燃やしているんですね。

「春はストレスが強い季節なんだよねーーー」と先生に言われてピンとこなかったのですが、
その時期はストレス性の症状に苦しんでしまいました。

そして、この度の焼肉事件
梅雨は私の体質には鬼門なのかもしれません。
四季と体調を把握しているだけで、予防ができるので助かります。

冬は風邪を引きやすいというポピュラーなものは誰もが予防を心がけますが
個人の体質のせいにしがちな症状はもしかして四季が原因かもしれません。
疑ってみると視野が広がります。

結論は、人間も生き物なんだねぇ(あたりまえだ〜)

俊寛

初めて能楽堂に行きました。能を観劇するのは2回目で、1回目は市民会館なので本場の音響と比べるものではなく・・・
能は能楽堂で観ないとダメですね。うん。

初めて観たときも感動したのですが、いかんせん文楽へまっしぐらになってしまったため
あの感動をもう一度という気持ちがありました。

俊寛は能楽では異色の作品だそうで・・・
何故だか忘れましたが、能は大抵死霊がメインだけど俊寛は違いますからね・・

わたしは文楽の俊寛のイメージで考えていたのですが、
いやいや能の俊寛はかなり枯れていて、あの能面が表現する複雑な表情が弱さや孤独や
執念やら、いろんなことを感じさせられました。

文楽も能も人間ではないモノで表現されているにもかかわらず
ともに異質なんですよね。言葉にするのが難しいです。

■文楽の俊寛
08-06-23_22-23~00


■能の俊寛
08-06-23_22-23.jpg


こんなにも違う・笑
文楽は猛々しさが漂っていますが、能は複雑な表情です。

能面の効果は素晴らしいです。光の加減で表情が変わるように見えるし、文楽人形と違うつくりだと
実感しました。モナリザのように万人に色んな想像をかきたてられる表情を持っているんですね。

あと印象的だったのは能楽が深い心理を表現しているところ。
音で場面転換を表現している部分もあるようですね。
音と言えば、能楽堂が静寂に包まれることで、主客一体となって演目の世界へ没入できます。
とにかく静寂をつくろうという、能動的な姿勢が無意識に生まれてしまう。
すり足の音さえも、物語にとって重要かのごとく。
神妙な雰囲気がでるため宗教性と深く結びついている芸能だなぁと実感しました。

反対に文楽は情念を大衆的に表現していると思ってしまった。
どっちがどっちということはしませんが、俊寛という人物像の切り取られ方が異なっていて
面白かったので、今後も双方に存在する演目を追ってみようかと。

能は光が大切な役割を果たしていますね。
薪や蝋燭で演出するというのも納得です。

幽玄の世界をちょっとわかったような、そんな一日でした〜

Closer

ne-yoびいきになっている今日この頃。
MTVのアンプラグドも良かったです。シンプルで、彼なりのお洒落が好き。
ブラックミュージックへの敬意、愛が彼から垂れ流されてるのを感じます。
流行に流されないスタイルを求めている点も。

サードアルバムが楽しみ♪

第一弾のCloserはネットラジオで聴いたとき、今までの彼らしさがないと思ったけれど
別のステージへ行くのかなと期待をさせられました。

そして、MTVで流れたのを観たとき、あまりの美意識に興奮しましたです・笑

なんと美しいビデオだっ。

白と黒の美しいコントラスト。そして、サードアルバムのタイトルになっているジェントルマンという
コンセプトらしきファッション。
素敵だ〜!

ukちっくな感じもいいなぁ。いい意味で裏切ってほしい3枚目の出来を期待しています。

甘い生活


初見、あまりの退廃的でぐだぐだした内容にフェリーニの幅広さを感じつつも
好みの範疇ではない作品でした。
何年ぶりに見なおすと年齢を重ねたせいかもしれないが、ぐだぐだ感というものが
「苦悩」で包まれていると理解できました。
主人公がパパラッチと近い世界で生活をしながら文筆1本で這い上がりたいと思っている意思と
現実のどうしょうもないものに流されている、海に漂う藻屑のようにフラフラしている感じが
うまく表現されていると思います。

マリリン・モンローの投影のような女優が現れ、スターの表と裏の悲哀を見せてくれたり
アヌークエーメが演じるセレブの一女性像が別の意味で哀れだったり
人間賛歌が上手いフェリーニ作品のなかで、輝く世界に身をおいている人間達の弱さや
愚かさや孤独を突き放すことなく、かといって同情でもなく、適度な距離で描いてると思います。

甘い生活で凄いと思ったのは、美術の部分。衣装。
美しいです。本当に。モノクロ映画ですが、ファッションが映画にどのような効果をあげるのか
よくご存知で感心します。

数十年前の映画を見なおすと、どんなに評判の良い作品でもファッションやインテリアに手を抜いている映画は安っぽく観えてしまうんですよ。
マルチェロ・マストロヤンニのスーツ姿は、今のチョイ悪だの、そういう雑誌でも充分にとりあげられる
ダンディさですよ。
いや雑誌が安っぽいか・笑

81/2と似た主人公の苦悩をマルチェロ・マストロヤンニが演じていますが、救いが少ない映画です。
最後、無垢な少女が彼に語るシーンが大好きです。

マルチェロには少女の声が聞こえない。

救い を体現しているような少女

聞こえない主人公

かなり抽象的なシーンなのですが、これまでのぐだぐだ感が最後の清涼剤のような少女の存在で
幕を引くやり方はさすがです。

初見よりも好きになった作品です。
年を重ねれば重ねるほど好きになるかもしれないなぁ

TAG : 映画 フェリーニ

除湿にハイブリッドセオリー・・



湿っぽい!梅雨とは知っていても、室内が78%の湿度になると不快で仕方がないです。
部屋で音楽を聴いていても、適度の雨ならば叙情性のある音楽で気分が癒されますが、
環境がしっとりしすぎているときは、カラッと湿度が低い音楽でも、というわけで

リンキンを聴いております。

湿度(叙情性)が低いです。いいです。カラッとしていて。
特にハイブリッドセオリーは一番湿っぽさがない。
緻密に構成されたミクスチャー音楽。それでいて線が太い男らしさ。スカッとします。

初めてリンキンを知ったとき、メタリカの香りを強くしました。
メタリカの重厚感よりも軽くて洗練されている。
とにかく音がカッコよいですね。

あさきゆめみし



いまさらGWのネタになるのですが、今年は源氏物語が誕生して千年ということで
結構源氏物語イベントが多く、京都文化博物館の「源氏物語千年紀」へ行きました。

千年も愛される作品。時空の越えても共感できるネタの宝庫というのは宗教と同じで
普遍的なものをとりあげているからなのだろうと思います。
ただ、源氏の愛され方は物語だけではなく、絵画・装飾・お香・着物の意匠・工芸品の意匠・色彩の袷 等 数えればきりがないようです。この広がりかたも宗教みたいだ・笑
源氏なくして現代まで培われてきた日本美はなし、と言い切っても過言じゃあないっすよ。たぶん。

で、展覧会ではそういう過言じゃない数々を目の当たりにして、源氏の面白さに嵌まる当時の
貴族や江戸の庶民が残した品から「面白いものは永遠に愛される」ということがヒシヒシ伝わってきた。

源氏意匠で一つの物語の影響力を伝えているなかに、昔学生時代にお世話になった
「あさきゆめみし」の原画が飾ってあり、あまりの美しい色彩に漫画という枠で片付けられない美意識に目を見張った。
漫画の表紙はカラーで、大量にプリントされていて、あたりまえのように手にしていて、無意識に物語に没頭してしまい表紙の色彩は素通りしていました。
だけど、原画の色彩のすごさったら!!
しばし動けませんでした。
展示されていた狩野派の作品と負けてないですよ。
それに現代の絵の具なので、まだ色あせていない、微妙で儚い色彩がキラキラしていて
大和源氏の美しさに酔えます。今昔も共通していたのは髪の毛を美しく描くことですね。
髪は女の命ですから(やや死語?)

むかし源氏香のデザインを陶芸の絵付けにしたことがあり、源氏香デザインを知っているのですが、
わたしの横を通ったマダムの着物の帯に源氏香の刺繍がされていて、釘付け・笑
お洒落です〜 源氏の世界を身にまとって展覧会へ行くという遊び心が素敵です。
ああいうマダムになるでぇ(ふんが@鼻息)

テレビや映画やあらゆる物語が氾濫している時代に生きているけれど、
千年も愛される作品が現代に生まれるかな???