ざくろの色



難解?っぽいから、これを映画といっていいのかわかりませんが、
詩を映像に、極力映像に転写しているかのような荒技を感じます。

そして、色彩が雄弁で赤の色が深くて印象的です。
中世の絵画、壁画から抜け出てきたような世界観でした。

中世を舞台にしたモノクロ映画を多少は観てきましたが、カラーになると陳腐になってしまうことがあり
映画美術の難しさ、カラーの恐さがあるんだと思っているのですが、
この作品に関しては、モノクロにしてしまうと映画そのものの存在が無意味になってしまうと
感じるほど色彩によって物語は流れています。

絨毯好きは必見・笑

絨毯を洗ったり、糸を染色したり、日常の風景のひとつのように映し出されています。

何度か繰り返し観るであろうパラジャーノフの美意識世界

前衛やら、実験的やら、そういう捉え方もあるのかもしれないけれど
力が入りすぎていない作品のため、前衛を意識しているわけではなく
自然と創ったように感じました。

パラジャーノフという人は映像や視覚化に長けた天才なのでしょうね。
真似するときっと陳腐になってしまう。
追随を許さない世界に思えます。

少女の髪どめ



イランの映画は不思議に自分のツボに嵌まるようで・・
この映画、最初はながら見していたのですが、青年の表情が恋する男になってきてから
面白くて面白くて!かなり魅入ってしまいました。
紆余曲折の人生を描いて成長や変化するヒューマンドラマは数多くあるのですが、
たいていは主人公が困難にあうことがお約束のはず。
この映画はそういうヒューマンドラマと一線を画していて、恋愛対象が困難な状況なんですよね。
そこがまた・・せつなくて、せつなすぎて面白かった!
久々に良質の恋愛感情に触れました。良質の恋愛表現というのでしょうか。

なにをしてやれるのか・・・

なにができるのか・・・

やるせない想いがヒシヒシ伝わるように描かれていて、あまりにもストレートな表現に胸を打ちました。
アフガニスタン人の境遇にも触れていて中東情勢がとてもリアルに迫ってきて
これがまた青年にとって苦しみでもあるんですよ。

ハトにえさをやる、そういう素朴なシーンに彼の気持ちが充分表れていて、
ゆるやかに時間が流れる描き方がとても良かった。
無作為の作為に近い、自然な流れが心地良い。この心地よい映像の流れを生み出すのは難しいはず。


・・・・・・あと、
なんといいますか、日本の恋愛映画とはわけが違う。
表現したい目標が違う気がする。イラン映画はそういうのが多いような・・
成就が目標ではないようで
詩が似合う世界を求めているような不思議な着地点があります。

TAG : 映画

チェブラーシカ



久々にチェブに逢ってきました。
初めて知ったのは7年ほど前で、あの可愛いキャラクターに夢中だったのですが
今日は物語を集中して観たので、可愛さの奥に潜むメッセージみたいなのを感じ取ることができた。

ソ連時代がどういうものだったのか・・・
チェブの世界に描かれている労働者の自ら販売している商品を盗む姿は社会主義国家なんだなぁと
思ってしまう。川で遊んでいた子供が汚染された水で身体が汚れてしまっていたり、
社会批判をしれっとしているところが凄いです。

そういう深いメッセージを重く感じさせないのが、チェブとゲーナの友情であったり
ロシア民謡テイスト?な音楽であったり、ディテールまで拘っている映画美術であったり

そして、やっぱりチェブの魅力でしょう。
自信なさげな表情をするチェブや、ゲーナの音楽に合わせて行進の練習をするチェブの動きの可愛さ
ばったり倒れやさん な身体の動き、可愛い発想

うーーーーん、チェブは可愛い。

北京オリンピックでチェブがテレビに映るでしょうか?ロシアのマスコットですからね。
本当に愛されてるんですねーー。
約四十年前に生まれたキャラクターとこの物語の世界観が今でも充分惹き付けるものがあるというのは凄いことですね。

ジブリが認める名作ということで今まで以上に認知度が高まるかもしれないなぁ。

百万円と苦虫女


公式HP
百万円と苦虫女

夏らしい爽やかなロードムービーでした。
姉弟物語に感じました。離れていても繋がっていると深い絆を感じましたね。
蒼井さんの演技力は力を入れすぎていなくて好きなんです。
これまでの最新蒼井さんは「おせん」だったのに、映画が終わると「鈴子」にしか見えません。
家に帰って、思わず花とアリスを観かえしてしまった。ついでにフラガールと思ったけれど
体力の限界、気力もなくなり、もごもご・・・と寝入りましたよ。暑さにやられてましたし・笑

成長されましたねぇ(←上から目線発言で失礼)

今回の鈴子は自然で共感ができるキャラでした。でも、共感以上に尊敬もあるなぁ。
前科を持ちながら腐ることなく自立していく姿や、逃げいているようでありながらも
新たな環境に挑戦しているところは尊敬です。
飄々と過ごす鈴子が唯一語りかけられる存在は弟だけだったのじゃないかな。
弟の直球すぎる手紙に鈴子が大きくゆすぶられている姿は感動的でした。

フォレストガンプのように環境に身を任せ、新たな自分の特技を見つけているところは笑いました。
笑いあり、涙あり、切ない物語です。鈴子さんシリーズができることを願っています。笑
ピエール瀧さんや渋い俳優さんが脇を固めているので、蒼井さんのプロモーションビデオ化には
なっておらず、良いバランスで一服の清涼剤のような映画でした。

ロードムービーはやっぱりいいなぁ〜
いろんな土地へ主人公が行くことで、疑似体験ができるのが面白いです。

泥の河



今日は祇園祭のクライマックス・・
今年は平日のため行けませんでした・・
ちぇっ

確実に参加できるのは天神祭りかな。通勤途中で参加ができます。
大川が賑やかに船で彩られ、花火がボンボン上がっていて夏の風情が一気に増します。
祇園祭りと種類が全く違う夏祭り。
企業が参加したり、芸人達が大阪締めをしまくるので、祇園祭のような芸術の域には入っていませんが、それでも天神祭りの音楽は好きですね。

小栗監督が有名になった「泥の河」
天神祭りが効果的に使われていますね。
非日常になる祭りのなかで、辛い別れや現実の暗い部分が浮き上がっていて子供2人を主要人物に
しているにも関わらず、かなり大人な内容です。
モノクロであえて撮影しているのも関係しているかも。
むかーーしの名作イタリア映画の懐かしい要素も少しあります。

昔の戦後大阪がどのような感じだったのか想像できます。
子供達の友情に亀裂が入る「大人の事情」・・・・これが辛いっす

本当に怒りをぶつけるべき大人に対しては無力で、蟹に火をつけたりして異常な行動で
子供の精神状態を適確に表現できている。
脱線するとベトナム映画「青いパパイヤの香り」でも裕福だけど家族に問題がある子供が
蟻に蝋燭をたらして殺しているシーンがあり、まさに問題が浮き上がっていた・・・・

話戻します

そういう異常行動にさせた親を加賀まり子が演じているのですが、当時の加賀さまの美しいこと!!
なんというか、フランス女優に通じる ・・例えばアヌーク・エーメのようなモノクロ画に映える美しさ。
生活のため船上で身体を売る女性。母親であったり女であったり、その表情の移り変わりは素晴らしい。こういう系統の日本女優が現在いないのが残念す。


大阪の河は物語にしやすいのかな。大阪弁でないとこの風情は生まれない描き方ですね。

・・・・・・

天神祭りの華やかさの裏で凄惨な殺人が行われていた物語もあります。
ブログカテゴリー「展覧会」で書いた夏祭浪花鑑はそういう物語。

歌舞伎はみたことありませんが、井戸水をかぶるのは本当の水を使用しているんですね。
天神祭りの音が闇の向こうから聴こえてくると寒気がおこるくらい、この演目は効果的に祭りを
演出しています。

祭りの時の哀しさ・・思い出しもう1本

この映画も泥の河と同じく娼婦が重要な役割をしています。
酷い境遇から抜け出たいのに・・・

ラストのパレード(祭り)と犯した現実が見事なコントラストをうんでいました。
インド映画っていいなぁと思った作品です。

・・・・・・・・

祭りは高揚させるけれど、高揚している隙にいろんな現実が蠢いている、というシチュエーションばかり集めてみましたーーー

わたし暇な奴だなぁ・笑

TAG : 映画 文楽

甘い生活


初見、あまりの退廃的でぐだぐだした内容にフェリーニの幅広さを感じつつも
好みの範疇ではない作品でした。
何年ぶりに見なおすと年齢を重ねたせいかもしれないが、ぐだぐだ感というものが
「苦悩」で包まれていると理解できました。
主人公がパパラッチと近い世界で生活をしながら文筆1本で這い上がりたいと思っている意思と
現実のどうしょうもないものに流されている、海に漂う藻屑のようにフラフラしている感じが
うまく表現されていると思います。

マリリン・モンローの投影のような女優が現れ、スターの表と裏の悲哀を見せてくれたり
アヌークエーメが演じるセレブの一女性像が別の意味で哀れだったり
人間賛歌が上手いフェリーニ作品のなかで、輝く世界に身をおいている人間達の弱さや
愚かさや孤独を突き放すことなく、かといって同情でもなく、適度な距離で描いてると思います。

甘い生活で凄いと思ったのは、美術の部分。衣装。
美しいです。本当に。モノクロ映画ですが、ファッションが映画にどのような効果をあげるのか
よくご存知で感心します。

数十年前の映画を見なおすと、どんなに評判の良い作品でもファッションやインテリアに手を抜いている映画は安っぽく観えてしまうんですよ。
マルチェロ・マストロヤンニのスーツ姿は、今のチョイ悪だの、そういう雑誌でも充分にとりあげられる
ダンディさですよ。
いや雑誌が安っぽいか・笑

81/2と似た主人公の苦悩をマルチェロ・マストロヤンニが演じていますが、救いが少ない映画です。
最後、無垢な少女が彼に語るシーンが大好きです。

マルチェロには少女の声が聞こえない。

救い を体現しているような少女

聞こえない主人公

かなり抽象的なシーンなのですが、これまでのぐだぐだ感が最後の清涼剤のような少女の存在で
幕を引くやり方はさすがです。

初見よりも好きになった作品です。
年を重ねれば重ねるほど好きになるかもしれないなぁ

TAG : 映画 フェリーニ

81/2


あんなに世界に名を轟かせた名作がやっとやっとDVD化ですよ。
あとは、アマルコルドのDVD化もよろしくぅ(-人-)

日経エンタメで知りましたが、記事の内容でこの映画が名作中の名作に
なっていることにも驚き。
わたしにとって、この映画は難解のようで、かなり単純なストーリーに思っているので、アマルコルドと同様に子守唄のように眠る時につけっぱなしにしている作品です。
どのシーンも独立して面白いため、ながら見に最適な映画だし、アマルコルドのように
イメージの圧縮技術に驚嘆するほどフェリーニ特有の魔術が散らばっています。

この映画のマルチェロ演じる監督が素敵なんですよ。あらゆる苦しみを身に受けている。
そして、目まぐるしくシーンが展開する。
フラフラと浮気めいたことをしていく姿
「大女」好きのきっかけとなったサラギーナの女在感
母親にワイン風呂に入れられる恍惚感
リアルで苦しい妻との関係
役をほしがる様々な女優達、虚栄の哀しみ
クラウディアが体現している理想の女性像

いわば映画創作に苦しむと同時に回りの女達に苦しんでいるマルチェロの姿が、
実はとっても面白い!!

フェリーニ大いなる嘘つき」でフェリーニ自身が語っている言葉は奥深い

女は未知の惑星だ。
男は自分を補うものを見つけて球のような完全さを得たいのだ
それゆえに女は男の闇の部分でもある
だから男を魅了し怯えさせる



映画でマルチェロがムチで女達を威嚇する名シーン
あれは女への怯え
もしくは女を通しての闇への怯え・・・・ かもしれないなぁ
女性に苦しむのは、完全へと近づきたいためか?
女性から罵倒されるシーンもありますが、そういう男のエゴも写しだされていて見事です。


心理の専門知識はないですが、この目まぐるしい精神世界を映像に見事に投影している全てに
フェリーニ いや、男性全ての女性に対する想いがうつしだされているように思えてならない。

女性から撮った81/2があれば見てみたい。
でも、きっと、男のように異性によって完全を目指してはいないと思われる。

「アントニアの食卓」で描かれている女の親子の姿が女性の本能であると共感しているからなぁ・・・

なんにせよ、DVD化はめちゃ嬉しいです♪
あの美しいフィナーレとニーノ・ロータの音楽は無敵ですな。

TAG : 映画 フェリーニ

蜘蛛巣城


むかしから観たいと思っていたのに、気軽に見れないのが黒澤映画ということで
やっと最近観ました。

観ると・・
いままで知っている娯楽大作の「七人の侍」「用心棒」「隠し砦の三悪人」「姿三四郎」などと
何かが違っていて、「羅生門」に近いような、底に流れる人間性の弱さが娯楽大作と一線を画しているようです。
「マクベス」をベースにしているそうで。納得です。
全編にわたって悲劇の美学が盛り込まれているのが、この映画を魅力的に彩っています。
そして、人間の弱さが出ています。
ラストの矢の嵐は凄い迫力で、あの演出は芸術の域。

黒澤監督の想像力は幅が広すぎて、パワフルさは日本人離れしていますが、
日本的美意識を外していないところが尊敬。神ですよ。

蜘蛛巣の森 と 蜘蛛巣城

この架空の世界が悲劇を物語るのに重要な役目をしています。
その演出がお能に出てくる世界に近い。山田五十鈴さんの表現もお能っぽいし
形式的な部分を前面に出しているからこそ、この物語の美しさが浮かび上がっていると思う。

また、シェークスピアの代表作の一つである「マクベス」の悲劇エッセンスを踏襲しつつ、日本の物語に置き換えているところが不自然ではない。脚本陣の練り上げが凄い。
若かりし日に文学に親しんだ黒澤少年の姿が思い浮かべられるぐらい、物語のツボの抑え方が適確ですし精読されていないとあんな表現は生まれないと思う。

森や城に翻弄されるというのは、他の映画作品にも出てきます。
人間が魅かれる場所、または狂わされる場所なのかもしれないなぁ。

この作品に漂う悲劇性は一級品です。

森といえば・・・・
森が動くシーンが何気に似ている

↑たしか第二部にあったんですよね。森が動くところ。

城といえば・・・・
この城で人生が狂う

こわい、こわい^^;

まさに城が題名の名作漫画

こわい、こわい^^;

矢の迫力で思い出したのが「英雄」


「英雄」のような矢の恐さではなく、死への恐怖が滲んでいるのが「蜘蛛巣城」の矢なので別の表現に見えます。
当時はCGがない時代なのに迫力が全然違います。
ありえねーーー、な気分が一切ないのが「蜘蛛巣城」で、ありえねーーーが「英雄」笑

昨今、中華圏でスペクタクル時代劇映画が増えていて
なにげに黒澤さんのイマージュというか、フォロワーぶりがわかります・・・が
黒澤さんの天才ぶりは、やっぱり別格だなと思い知らされます。

黒澤映画を観終わった後は日本人として誇らしい気分になります。

ハウルの動く城



宮崎ワールドをまだまだ堪能しております。
この映画も映画館で観たのですが、改めて観ると印象がかわりますね。

千と千尋で書いたように、無機質であるアニメに共感するにはテーマが重いものは辛いのですが、
この映画で気づいたところがありました。

主人公の成熟度です。

千と千尋は少女そのもの
ハウルのソフィーは若い女性ですが思考が老成しているところ。

観る側の年齢と比例して共感の度合いが違うのかもしれません。
わたしが小学生もしくは中学生ならば、千と千尋は共感ができたかもしれない。
それに、ジェットコースターのような早い展開にもついていけたはず。
千尋の心に占める両親への想いは、両親の比重が軽くなった今の年齢ではとうてい考えられないほど切実なものだっただろうと思います。たしか、そうだった(遠い目)

もうっ、ソフィーとハウルはベストカップルじゃあないですか。
ラピュタのシータとパズーもベストカップルですけど、年齢的に大人へとなっているソフィーたちは
愛に目覚めるという点で深いものがあります。

これまでの宮崎ヒロインは現実の状況を打破するべく周りから支えられて、不安定ながらも立ち向かい闘う面が強かったのですが、ソフィーの場合は最悪の状況、つまり魔法で老女になった自分を
否定せずに受け入れながら前向きに生きようとする点が今までのヒロイン像と異なっていて、
ヒロインのあり方が大人だよなぁと唸りました。
そういう点でこの映画は大人のファンタジーアニメですね。

幼い頃にこの映画を観たら、どういう印象を持つのか想像はできませんが
カルシファーらの脇役やハウルの動く城の魔法の面白さによって、世代を超えて惹きつけられるものがあるので、さすがと思います。

ヒロインをメインに描いてきた宮崎アニメでは珍しくハウルという青年が題名に登場して
彼の外見や魔法は実力ともに秀でている身でありながら、ソフィーと出会うことでペースが乱されて、等身大の青年らしい悩みが浮かび上がるのが面白いです。
また、恋愛によって2人が更に魅力的になっていくところは楽しくなります。

次回のポニョは趣向が異なりそうですが、やはり宮崎さんのこだわりをずっと観ていきたいと
思うのでしたーーー。

千と千尋の神隠し


久石さんの音楽漬けになっているせいで、宮崎アニメを久しぶりに借りてきました。
リアルタイムで映画館で観て好きな作品だったのですが、DVDで観たときに疲れて寝てしまった・爆
挿入されている音楽は素晴らしいです。
アニメは原色だからか、あの魑魅魍魎な世界になると一気に目まぐるしくなりすぎてテンションがダウン。
ジェットコースターなみの展開で、千尋が次第に強くなっていくさまは圧巻ですが

一言

もっと肩に力ぬいていこうやぁーーーー・・・・ という気分になった。

映画アニメの力の入れ加減に癒されないといいますか・・
対象に味わいがないのは、やはり実写を超えることができないんですね。

たとえば、異形なものを配置したがるフェリーニの映画では
すべての対象に愛が感じられます。恐さがあってもぬくもりがある。
だけど、アニメはそのぬくもりが感じられない。
ちょっと、辛かったな。テーマ性だけで鑑賞するのなら素晴らしい映画ですが、
人間性を味わいたいタイプにはアニメは限界かもしれん。
アニメ映画というジャンルでは主人公の無機質さがどうしても拭えないのです。
これはたぶん、上映の長さに関係するのかな。
それかテーマが重ければ重いほど無機質感が感じます。
トトロは主人公がちょっと曖昧なので絶妙な効果が出ていて、味わうことができた稀な作品でした。
映画にするのならばトトロぐらいの軽さが好みです。

細部の全てに愛が感じられたのはアルプスの少女ハイジでした。
わたしにとってベストアニメですから。


ハイジは今でいう戦闘物ヒロインのような特殊能力はないし、
どちらかというと大人に翻弄されておじいさんと生活をしないといけなくなった不憫な境遇。
だけど雄大な自然と動物と友達に恵まれて、日々の出来事を同じ目線で教えてくれた。
長い長い物語を毎週観ていたから、いつのまにかハイジは脳内友達になっていました・・。
だから、クララの甘えた弱さにハイジが怒るのも共感できたし
クララが立ったときの喜びは涙しました。

無機質なアニメでも長い時間付き合うことで物語に没入できたんですよね。

それだけではなく、冬の家の佇まいや、白いパン、チーズのとろけ具合、木工細工のぬくもり
アルプスの自然が物語りの随所に現れて、脳内ハイジの世界が強固に構築されていくから
物語に説得性がうまれたのだと思います。

2時間のアニメで共感するには強いテーマがないとダメなんですかね・・・
ちょっと寂しいです。

大きな事件が起こらない明るいふわっとしたアニメが日常から消えたことも寂しい。

今の子たちの脳内友達は戦闘が上手い子しかいないのだろうな・・

できれば、映画ではなく日常の大衆的なアニメに情熱をたくさん注いでくれる
宮崎チルドレンが現れてくれることを祈ります。

ちょっと不憫な主人公を復活してほしいです。そしてお涙頂戴をいれてほしい・苦笑
あの頃のアニメのおかげで自分の境遇が当たり前ではないという客観性が生まれた実感があったから・・